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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)9777号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕二、問題は、原告主張の昭和三六年以後の身体の異状が果して右の事故に基因するものであるか否かである。

(1) 当裁判所としては、医師の診断書として「鞭打症」、「鞭打症による後遺症」ないし「頭部外傷後遺症の疑」なる病名を明記している<証拠>にまず注目したのであるが、被告らはその成立を争うので、<証拠>の作成者である医師小暮巽を証人として訊問したわけである。同証人の供述によると、原告を診断したのは昭和四三年三月すなわち事故後既に一〇年を経過した時であり、診断の結果外診的な異常は認められなかつたけれども、患者すなわち原告の主訴と原告の持参した資料により知りえた一〇年前の交通事故とを結びつけて右事故による後遺症と推定したというのであり、その際事故当時の診断書を参考としたわけでもなく、また診断書そのものも裁判所に証拠とされるとまでは考えず単に通院のための欠勤に際し勤務先に提出するのに使用されると信じて軽い気持で作成したに過ぎない、というのである。従つて、<証拠>は、その成立は認められるけれども記載内容の証明力ははなはだ不十分であるとせねばならない。<証拠>は、小原病院竹内医師作成にかかる診断書であることは原告本人の供述に際して認められるけれども、病名の記載も「頭部外傷後遺症の疑」となつて断定的でなく、また右供述により昭和四三年六月一二日頃初めて右病院で診察を受けたこと明らかであるので、証拠としてはやはり十分でない。その他書証たる文書には見るべきものがない。<証拠判断>

(2) 残る証拠すなわち前記小暮医師の証言と原告本人の供述とから、これを肯定することができるか。原告本人の供述する諸症状は、ほぼその主張(請求原因第三節)を裏付けるものがある。しかし、その諸症状中、まず蓄膿症とか蕁麻疹とかについては、小暮証人も本件事故と無関係なるべきを供述しており、その他肯定的な証拠もないので、相当因果関係を否定すべきものである(原告本人は当時鼻血を出したと供述しており後記甲第八号証にも鼻出血の記載があるが、これと蓄膿症との関係について証拠の徴すべきものは何もない)。

(3) その他の諸症状については、しかしながら、しかく容易に断じえない。事故後数年間経過の点も、小暮証言によれば、長期の治療、数年後の再発といつた事態が鞭打症の場合必ずしもありえないことではないと認められるので、そのことのみで相当因果関係を否定するには足りない。事故直後原告を手当した大月病院医師の作成にかかること当事者間に争いない甲第四号証の一の診断および同病院の作成にかかることに当事者間に争いない甲八号証の国民健康保険診療報酬請求明細書には「顔面打撲症左肘関節部挫傷」とのみあつて、「鞭打症」ないし「頸部損傷」等の表現が見当らないことは被告杉の指摘するとおりであるけれども、昭和三三年七月一〇日荻窪病院吉川医師の作成にかかること当事者間に争いない同号証の二の診断書の記載に「頭部外傷、右前腰部挫傷」とあることおよび原告本人の供述により当時負傷したのが右肘であつたこと明らかであることなどに徴すると、大月院病関係の書類には多少疑いなきを得ないし、また、かりにこれを採用するとしても、顔面打撲を生じた受傷機転はいわゆる鞭打症を伴つたと見うること、当時の診断書にその記載がないという一事でこれを否定しえぬことは、小暮証人の供述に徴して明らかである。すなわち、原告主張の諸症状中、頭痛とか嘔吐とか手の腫れとかの、鞭打症の後遺症状として普通のものについては少なくとも本件事故との相当因果関係を肯定すべき可能性あることは認めなければならない。

(4) それにも、かかわらず、当裁判所は、証拠を総合した上での結論としては、この相当因果関係を否定するものであつて、その理由は、次のとおりである。

(イ) 原告本人の主訴以外に客観的に異常の存在が把握できないこと。すなわち、小暮医師は、その証言によれば、前記のように外診的に異状なしと見たが、なお、慶応病院脳外科に精密検査を依頼したのであつて、その検査の際外来診療録として作成されたものであること当事者間に争いない<証拠>によれば、「脳神経学的に著変なし」と診断されている。原告本人の供述によれば、この診断結果は、精密検査を経た上でのものではなかつたと認められるが、これを不満とした原告が、その後東京共済病院とか東大病院とかを歴訪したにもかかわらず結局その点で原告に有利な診断書を作成してくれる医師を見出しえなかつたことが、その供述によつて窺われる。

(ロ) もちろん、鞭打症の後遺症状は、客観的に外診によつて覚知しうるような器質的異常の認められぬ場合にも、例えば血管圧迫や靱帯障害等によつて発生することもあることは小暮証言によつて明らかであるから、前段の事情があるからといつて直ちに後遺症の存在を否定することはできない。しかし、この場合には、認定の資料は原告の主訴のみとなるに等しいから、それだけ確実な、信用のおける症状の把握が必要となるのであるが、本件の原告本人の供述は、遺憾ながら、右のような確実性、信用性を備えているとは言えない。例えば、①右供述によりアテネフランセ高等科二学年の修業証書と認められる甲第一四号証の作成されたのは昭和四一年六月三〇日となつているが、原告本人が反対訊問に対し供述したところによれば、アテネフランセには昭和三二年頃から通つており、その間昭和三六年から同三七年にかけては集中的には通学した期間があつた、というのであり、②また、同じく反対訊問によつて明らかとなつたことであるが、昭和四二年三月一八日から同年四月二八日までは、団体の一員としてフランスを旅行した、というのである。これらは、原告本人が主訊問に対し縷述した。昭和三六年以来の頭痛や嘔気などの症状の程度が、新しい語学の修得とか海外の旅行とか高度の精神労働を必要とする作業に致命的な影響を与えるほどではなかつたことを暗に物語るものであり、ひいて、その供述内容に多少の誇張があるのではないかと疑わしめる事情といわなければならない。

(ハ) 当裁判所は、もとより原告が現にその主張のような種々の症状に悩んでいること自体を否定するものではないが、ここでの問題は、それと本件事故との相当因果関係なのであり、この点については原告にその証明責任があるのである。従つて、相当因果関係を肯定すべき可能性は一応認められても、前二段に判示したような事情から高度な蓋然性あることまでは肯認しえないとの心証を得た場合、判断としては原告の不利に帰するほかはない。(倉田卓次 並木茂 小長光馨一)

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